旅に出る

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絵  トカゲ 京都 香港

尋常の家並みにお寺が点在している古き良き雰囲気が気にいるのを理由に、日常の裂け目からすっと脱けて、京都に一人で旅しつづける。この取り返しがつかない時間の流れに、跡形もなく消えてしまう小さな出会いは数え切れないほどだが、ドキドキとさせられる気分こそ、出会いの証拠なのかもしれない。ほんの僅かな一時だと分かっても、人生の空洞に詰め平らにして、歩き続ける力を与える。
 いつも冬に来る
体の芯まで冷え込んで、温かいコーヒーをいくら飲んでも、あの寒さが纏わりついていると京都の冬が苦手な友人はブツブツ言った。
 南国都市に住んでいる私は、やはり盆地特有な寒さはこれ以上耐えられない。雨が降るうえに、寒気がふっと濃くなる。
 それでも、来た。
 かたかた凍り付いた空気は、冬の柔和な陽射しを通して澄んで感じられる。鴨川に沿って、ぶらぶら散歩するのが好き過ぎる。微かな風で揺れる裸になった樹枝は、無数の指先のように寒さを搔き立てる。吹き飛ばされた枯れ葉が遊歩道に墜ちる距離、ユリカモメが佇む清浄な姿、お母さんと手を繋いだり離したりはしゃいでいる子供たち、ぼうっとしている老人、何かに悩んでいる男の背、川面に映っている日常風景が、日が暮れるまでの金茶色に染まっている。
 香港の空気がいつも濁り、綺麗な青空の見える日々が少なくなる。小さい頃、頭上に広げて冴えわたる夜空も高層ビルだらけに呑まれ、ぐちゃぐちゃな黑い塊になった。街路樹も埃が積りに積り、背後から追いかけてくる無表情な顔、車がプープープーな音、繫華街の乱雑のイルミネーション、無秩序な看板、人工的な光が迷わせる人々の心、三々五々行き交っている通行人を捉えている名状しがたい怒り。
 自分が元々根差している所の形相を日に当たらない部屋の奥まった所に乱暴に仕舞い込んでいても、息が詰まる時もやはりある。
 それをとっても悲しんでたまらない夜中に、目の奥底に沈んでいくあの金茶色が、闇に煌々と踊っている。