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白蘭の木 香港 京都

しぼんだ結婚生活を切り上げ、父は私を連れて、大叔父さんの家に居候させてもらった。マンションと違ってこぢんまりの中庭が付いてた平屋はとても新鮮で喪失感が暫く紛れ、小学生の私は中庭で植わっている白蘭の木をじっと見ていた。
花がちらほら咲き初め、昼過ぎの光で危うげに揺れて、風切羽が切られた白鳥みたい、飛んで行きたくてもいけないまま、呆気なく苔に覆われた地面にぽたぽた落ちるまで待つしかできなかった。

菊戴 鳥 京都 死亡

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京都 きんじ鳥

菊戴

敷居から吊り下げられた繍眼籠をじっと見ていた。青磁色の地面に投げかけた四角い籠の影に羽ばたきのぱさぱさな音が引かれてしまった。
おじいちゃんの飼鳥の菊戴は、丁度掌に載せる小っちゃいな体に部屋の隅々まで響き渡る美声を詰め込んでいるなんて摩訶不思議だと思いながら、淀んでいる空気に樹雨のサーサーと消え入る音のように聞きとった上、他の雑音が差し込む余地はない気持ちになった。頭のてっぺんに菊の花をつけるみたいな黄色い斑紋を涙の凝っていた平べったい結晶のように覗かせ、中学生の私の混沌している心を擦ったり刺したりして、この量れない重みで私が撓ってしまった。
そっと手を伸ばして籠を開けてみた。
鼓膜をくすぐった鳥足の乱れるステップが弾けて、日暮れの光を掻き回した。窓辺に薄い水の染みが残ってしまった。
おじいちゃんにさんざん叱られることはなかったが、家を出て五分ぐらい歩くと実りがたくさん付いたコットンツリーの蔭に菊戴の硬直した体を発見した。心臓がぱくぱく怖がらせ、視線だけがなかなか逸らさなかった。棉の飛び散ったアスファルトで畳んでしまった羽の艶がもう衰え、チイーチイーと可憐なさえずりの糸が黒色のくちばしに絡んでいた。手を触れてみると、冷めていた体温がさーと私の中に溶けていた。丁度風がかすめていて、綿が鼠色の細雪のように静かに降り注いた。
これは澄明な初夏の空との距離、でしょうか。

 

 

 

 

野良猫

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京都香港野良猫

野良猫
親戚の家に野良猫が一匹居候した。
日が傾くと、窓辺にあった木製の椅子で臥せ、雲の茂る遠い山の真上を見つめていたよう、鱗の浮遊した目に異様な光を放って何とも言えない禍々しい予感が隠れた。
 歳を取ったかなあ、動きが鈍くなった。痩せた体に手をそっと触れて見ると、驚かされた。骨一本一本が縦横に引かれた猫という容器に濁った呼吸が満ちた。息吹の振動が指先を伝わって、確かに命を盛っているよと宣言されたが、死に差し掛かっている存在であるとよくわかった。
 人間の言葉が煩わしく、テレビを点けるとすぐ厨房のほうへ逃げ出した。真っ黒な毛で覆われている体が薄い闇の中に溶け込んでしまった。
 日光の動きによって突如消え不意現れ、老いた時間の集積したこの影を目で追えば追うほど息が苦しくなった。
 名前がない野良猫は陽だまりの中にいつものように丸くして、静寂を聞いている古い石に変わった。

 

 

猫の影になる娘

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猫の影になる娘 恋 香港 京都

道端で一匹の猫と邂逅した。
灰色の毛が全身を覆っていながら見る角度によって数え切れない金の針のように光を粲々と放った。猫の目もガラスらしく澄んだり曇ったりして、じっと見つめるとその透明な底に涙を一つ震わせた。不意可哀そうに思って猫を見捨てにならない女の子は足音を忍ばせ、遅れまいように猫の後ろに追いかけて、追いかけた疲れに倒れ、つい猫の影になってしまった。何も知らず日を浴び好きな猫は、時々尖った爪で影を触り掻き、時間の流れている微かな音が影に蓄積されただけである。

ワニの尻尾

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ワニの尻尾 京都 香港

父母は延々と喧嘩したばっかりのせい、おばあちゃんの家に居候させてもらう時期があった。四合院を模った住宅地に中庭で榕樹を左右対称に植え、その陰にどっしりした石のベンチが設置された。隣家のおばさんたちは風呂から上がった後、団扇を手にして悠然とベンチへ涼みにいったり世間話をわいわいしゃべりあったりして、苔が生えたベンチの足は、緑青の裾がひらひらと翻ってるように真夏の夜の時間が潤ってしまった。榕樹の重ねた老い時間が気根と化し、アスファルトに向けて垂らし、ちょっとだけの風に煽られても、わさわさと地面で瑠璃紺の網を縦横交錯に編み出した。捕らわれてしまった私は子猫如く翳の中に横たわって、小っちゃい心の亀裂をこのやんわりしたピリオドが埋めた。
おばあちゃんが健気でおしゃべり好き、石ベンチが引かれた閑な空間で私に漁師した頃の話を聞かせた。その細々した出来事の中にやはりゾッとする怖い話が幼い心を奪ってしまった。
漁船で生活を営んで、岸からずいぶん離れる海に一ヶ月過ごしたのも日常茶飯事で、深夜中、月の光がもさもさっと水面に揺蕩って冷たい銀の炎に見えたが、舞い上がってはいかなく抑えられてしかも圧縮して、月の微動によるしかこの決められた範囲をなかなか越えず、そんな時、いつも女の呻きが聞こえた。どっかの空洞に閉じ込められた鈍い哀愁の孕んだ声でつい流されてしまったあの人生を嘆いた。甲板に出て闇を見回して見ると、白一点が遥かな空中に乱舞しながらこっちに少しずつ近づいてきた。
おばあちゃんのふわふわしたお腹に顔を埋めて、月光に濡れた背から波を立てる榕樹の気根のザーザーした音が消えかかりそうに伝えて来て、思わず強い力を入れ、握っていた蝉の殻を粉々に砕いた。

 

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易経 泰 京都 香港

最初はこの絵を描いた時、恍惚でちょっと暗い方向に流され、構図も易経の明夷とぴったりあった。空を仰ぎ見てみると、闇がたなびき、絶えずに大地へ流れ動いて、滅亡に向かうって感じ。
画筆を動転して結局いい結果になった。
易経の泰に変えた。
大地(女)と天(男)、位置交換っていうのは通じている。すべてが順調に進んで、物事が充電されるみたいな状態である。
ちょっとだけの動きで事態を改善出来る。
ちなみに今までの絵に男或いはその象徴も一切無し、が、今現れた。自分の心を調整し続けるだろうか。