ワニの尻尾

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ワニの尻尾 京都 香港

父母は延々と喧嘩したばっかりのせい、おばあちゃんの家に居候させてもらう時期があった。四合院を模った住宅地に中庭で榕樹を左右対称に植え、その陰にどっしりした石のベンチが設置された。隣家のおばさんたちは風呂から上がった後、団扇を手にして悠然とベンチへ涼みにいったり世間話をわいわいしゃべりあったりして、苔が生えたベンチの足は、緑青の裾がひらひらと翻ってるように真夏の夜の時間が潤ってしまった。榕樹の重ねた老い時間が気根と化し、アスファルトに向けて垂らし、ちょっとだけの風に煽られても、わさわさと地面で瑠璃紺の網を縦横交錯に編み出した。捕らわれてしまった私は子猫如く翳の中に横たわって、小っちゃい心の亀裂をこのやんわりしたピリオドが埋めた。
おばあちゃんが健気でおしゃべり好き、石ベンチが引かれた閑な空間で私に漁師した頃の話を聞かせた。その細々した出来事の中にやはりゾッとする怖い話が幼い心を奪ってしまった。
漁船で生活を営んで、岸からずいぶん離れる海に一ヶ月過ごしたのも日常茶飯事で、深夜中、月の光がもさもさっと水面に揺蕩って冷たい銀の炎に見えたが、舞い上がってはいかなく抑えられてしかも圧縮して、月の微動によるしかこの決められた範囲をなかなか越えず、そんな時、いつも女の呻きが聞こえた。どっかの空洞に閉じ込められた鈍い哀愁の孕んだ声でつい流されてしまったあの人生を嘆いた。甲板に出て闇を見回して見ると、白一点が遥かな空中に乱舞しながらこっちに少しずつ近づいてきた。
おばあちゃんのふわふわしたお腹に顔を埋めて、月光に濡れた背から波を立てる榕樹の気根のザーザーした音が消えかかりそうに伝えて来て、思わず強い力を入れ、握っていた蝉の殻を粉々に砕いた。